海外(特に東南アジア)駐在で気になる寄生虫の話
ベトナムに移住してから時々聞かれる質問の一つに、「虫下し(寄生虫の薬)って定期的に飲んでいた方がいいのでしょうか?」というものがあります。自分自身にも明確な答えがなかったので、色々調べたり他の先生方に聞いてみました。現時点での自分なりの答えを書いていこうと思います。
現時点での自分の答えとしては、ベトナムでも、ハノイやホーチミンなど都市部に駐在している成人の方々には定期的に予防内服するのはあまり勧めない(あまり意味がない)というのが現状の自分の結論です。説明していきます。
色んな薬や予防接種、検査など医療全般に共通して言えることですが、それをした方が良いかはメリットとデメリットのどちらが高いかで判断します。どちらが100%正解というものはそれほど多くないのですが、メリットとデメリットを比べてどちらの方がより良いかを医療者は常に考えています。なので意見は割れることがあります。時代と共に変わるものもあります。
数十年前は日本でも熱が出たりするとすぐに細菌と戦う抗菌薬(抗生物質)が処方されているケースが多くありました。しかし、熱の原因の大半である風邪は抗菌薬で治らないことが分かっている(細菌ではなくウイルスが原因なので)だけでなく、抗菌薬の濫用によって本当に重症な細菌感染症の時に抗菌薬が効かない耐性菌が増えてしまうというデメリットがあります。Nature誌に掲載された論文によると、世界で耐性菌による死亡者は2019年の統計で年間127万人に上り、この数はHIV/AIDS(86万人)やマラリア(64万人)よりも多くなっています。2015年から薬剤耐性(AMR)対策が日本でも国際社会でも大きな課題となっています。
少し話が脱線しましたが、虫下しも同じでどこまでメリットがあるか、デメリットがどれだけあるかで判断していく必要があります。どのくらいの可能性で寄生虫に感染してしまうのか、内服することでどれくらい予防できるのか、逆にデメリットである副作用がどれくらいなのかによって内服した方が良いかは変わってきます。
約20年前の2005年の論文でハノイ郊外の学童への調査で76%が寄生虫感染していたという衝撃のデータが報告されました。しかしWHOの働きかけもあってベトナムの方々は定期的に駆虫をしているので最近はかなり減ってきているはずです。はず、というのは最近の小児のデータは調べても出てこなかったからです。2016年のベトナム人成人のデータでは、ハノイ近郊の農民で30%、ハノイおよびハノイ近郊の住人で7-10%の有病率とやや高めの印象ですが、この調査の対象となった方々の多くは井戸水を使っていたり、15%の方々はトイレがなかったりしています。なかなかベトナムのデータを示す論文は少なく、完全に直近の、しかも都市部のデータは見つけられませんでした。
一方で、日本人駐在員に関しては、20年前の和文論文のデータですでに東南アジアで0.95%とかなり少ないです。最近の、そしてベトナムだけのデータは見つかりませんでしたが、この数値は最近では更に低く、都市部になると更に更に低いことが予想されます。調査した医師の人数が少ないためなんとも言えませんが、ハノイで働いていらっしゃる先生の中で、ハノイ在住の日本人駐在員で寄生虫感染した方を診た方は一人もいませんでした(唯一、ハノイ在住でなく地方の農村部に派遣された青年海外協力隊の方のみ陽性だったとのことです)。
メベンダゾール(虫下し)自体の有効性に関しては薬の質の問題などでその効果の疑問視もされております。抗菌薬と同じように耐性の問題も出てきています。薬剤性のアレルギー、骨髄抑制、妊婦さん内服時に胎児が奇形になってしまう可能性など、副作用も少なくありません。
以上から、メリットとデメリットを天秤にかけた時、ベトナムでもハノイやホーチミンなど都市部に駐在している成人の方々には定期的に予防内服するのはあまり勧めない(あまり意味がない)というのが現状の自分の結論です。もちろん感染する可能性が0ではありません。寄生虫感染を疑う様な症状(悪心、嘔吐、下痢、腹痛、発疹、痒み、元気がないなど)の時には病院受診を勧めます。寄生虫感染しているかどうかを判断し、感染している場合には当然駆虫が必要になってきます。ただ、予防に関しては日本の駐在員の方でも農村部などに派遣されている方や井戸水を常日頃使用しているという方は話が変わってきます。
ベトナム人の、特に子どもたちは、成長障害や発達障害、重症な場合死亡に至る例もあるため全体的に感染を減らすためにWHOが主導で行なっている駆虫をまだ続ける必要があるのだと思います。
色んな診療や治療方針は時代や場所(その地域の有病率)によっても変わってきます。その時、その場所で最良のものを提供できる様、自分も勉強し続けます。ベトナム自体の環境が良くなってきているので、時代と共にいらなくなってきているものと考えます。日本でも、以前学校でしていたギョウ中検査がなくなった様に(沖縄など一部の九州地方ではまだ施行されています)。
そしてベトナムだけでなく東南アジア、アフリカから多くのデータや論文が出てくることを期待します。自分自身もMPHコースにいる身なので研究を進めていきたいと思います。あくまで上記は色んな論文や周囲の先生方とディスカッションして出した個人の意見ですので、質問やコメント、ご意見のある方は教えていただけるとありがたいです!
それではまた🪱
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